先日こういったツイートをしました。
ツイートの通り、学生の頃はこういった内容ほぼ勉強することなく、国家試験にも出題された記憶がありません💦😅
しかしながら現実は違っていました。
小児の門前の薬局で働くと、子供たちの薬を調剤するのは当然なのですが、その保護者である母親の処方箋も扱うのです。
必然的にお子さんが小さければ授乳中ってこともあります。はたまた2人目3人目ができましたと言って来局されることもあります。妊娠から授乳へ移行することもよく経験します。
日々の業務をこなしているうちに、妊娠と授乳時の薬物療法についても学ばないとな🤔と思うようになりました。
本記事は授乳と薬物療法についての考え方や勉強の仕方などエッセンスを簡単にまとめています。しっかり勉強するためには後述する書籍で学ぶ必要があります。
目次(タップして自動スクロール)
- 本記事のきっかけ
- 母乳育児の利点・利益
- 授乳を止めると❓
- 母乳へ薬物が移行するメカニズム
- 母乳移行の指標
- 情報源
- 物性データ、母乳移行指標、疫学情報を用いて授乳中にロキソニンを服用しても良いかを考えてみよう🤗
- あつパパの実際の指導例
- そうは言っても授乳中を避けた方が良い薬剤もある❗️
- 母乳移行した薬物による影響を回避するための方法
- おまけ・作成したデータベース
- 参考文献
本記事のきっかけ
私のツイートをみた「ガンバる人の味方oziさん薬剤師(@ozisanyakuzai)」がリツイートしてくださったことで話が発展しました。
部分的に議論するよりも学んだことをまとめてしまおうと考えました😊
では、ここから本題に入っていきましょう♪
母乳育児の利点・利益
母乳育児の利点・利益など計り知れず、ここで書ききることはできません。
今回は特に薬物療法に関わることを少しだけピックアップしたいと思います😊
まずは乳児側の利点
- IgA移行に伴う感染症のリスク低下
- 壊死性腸炎のリスク低下
- アレルギー疾患の予防
- 自己免疫疾患の予防(潰瘍性大腸炎やクローン病など)
- 生活習慣病の予防
- 悪性リンパ腫の予防
- 認知機能の発達を高める
次に母親側の利点
- オキシトシン分泌による産後早期の子宮回復
- 脂肪代謝促進による産後早期の体重減少
- 排卵が抑制され、次の妊娠までの期間があく
- 卵巣癌のリスク低下
- 閉経後乳癌のリスク低下
- 閉経後大腿骨頸部骨折の減少
研究論文からこのような結果が導き出されています。
授乳はメリットしかないと言っても過言ではないです。したがって薬物療法で授乳が中止される💦なんてことにならないようにするにはどうすれば良いか考えるのが薬剤師の使命だと思っています😊
授乳を止めると❓
授乳を止めるとどうなるか❓
母乳に何が含まれているかを見ると一目瞭然です☺️人工乳では絶対に代用できません❗️

大切な成分が補えなくなり問題が起こることが予想されますね😭
一般的に授乳を止めるとどうなるかをまとめてみました👇
- 母親が乳腺炎で発熱する恐れがある
- 乳汁分泌が減少する(止まってしまう)
- 再開した時に、直接授乳ができない(哺乳瓶でないと授乳できない)リスクがある
- 乳児の免疫力が低下するリスクがある
そしてここもポイントですが、
そもそも母乳分泌を意識的に止めることはできない
ということです。
なるべく母乳が出るうちは乳児に与えるのが良いですね😊
母乳へ薬物が移行するメカニズム
ここからが薬剤師の本領を発揮する部分です🤗

授乳初期は乳腺細胞の間隙が開いているため、やや分子量の大きな薬剤や水溶性の薬剤も通過することができてしまいます。
授乳が継続されることにより、乳腺細胞の間隙は閉じて薬物を通しにくくなります。
こうなると薬物は以下の2パターンによって母乳に移行することになります。
- 受動拡散
- 能動拡散(乳腺トランスポーター)
能動拡散は特殊なので今回は割愛します。
受動拡散の場合は薬剤の物性が最も重要になってきます。すなわち
- 大きい分子なのか❓
- 脂溶性なのか❓
- タンパク結合するのか❓
- 血中、母乳中ではどのような分子の形を取るのか❓
など
受動拡散の条件をまとめるとこんな感じですね👇

こうして薬剤の物性の基本パラメータが必要になってくるわけです。
画像には入れてませんが、経口生物学的利用能(バイオアベイラビリティ)も重要です☺️
母乳に移行した後、薬剤がどれだけ乳児に吸収されるかを表す指標だからです。
母乳移行の指標
受動拡散しやすいかどうかは薬剤の物性の基本パラメータを見ればある程度予測はできますが、実際にどれほど母乳へ移行するかどうかはわかりません。
そこで、母乳移行の指標が必要になります。

画像で示した通り、母乳移行の指標は2つあります。
①母乳中/血漿中薬物量比(=M/P比):薬物がどれだけ母乳に濃縮されるかを表す指標
M/P比は濃度の比で表されることもありますが、血中濃度や母乳中濃度は服用するタイミングからどれだけの時間が経ったかによっても変化しますので正確に求めることは困難です。
そこで、AUCの比として考えるとどれだけ母乳に移行しやすいか(濃縮されやすいか)が分かるわけです。
またM/P比は次式からも求めることができます。

式からわかるようにM/P比が1を超えると濃縮されやすい薬剤ということになります。
ただし、M/P比だけで母乳への移行を説明できるわけではありません💦
M/P比がいくら高くても元々母乳に移行しにくい薬剤も考えられます。
逆にM/P比が小さくても、母親が摂取する量が多ければ乳児が摂取する量も多くなることもあります。
この考え方はこちら👇の文献で紹介されています。
母乳は血液に比べ若干酸性なので、塩基性薬物は母乳中でイオン化しやすく、膜を通しての拡散が妨げられ、母乳中に捕獲された形になり M/P比が1を超えることが多い。
このM/P比は文献によく登場するが、母乳を介する児の薬剤暴露の程度を考えるうえでの意義は限られている。
なぜかというとM/P比が2でも3でも(つまり母体血に比べて母乳中に 2〜3 倍濃縮されている)、実際の母乳中薬物濃度から推定される児の薬物摂取量が、たとえば小児治療量の 1%であれば、これは薬理学的にほとんど問題のない摂取量と言わざるを得ない。
逆にMP比が0.5でもこの推定薬物摂取量が小児の治療量に匹敵する(たとえば治療量の 100%)場合も考えられるわけで、こうなればMP比の大小から薬剤の母乳栄養中の安全性を云々することの妥当性に疑問が生じて当然であろう
伊藤真也:小児および妊産婦の薬物療法の注意点, Jpn J Clin Pharmacol Ther 2013: 44(3): 281-285
M/P比単独で母乳に移行するかどうかを判断することは難しいでしょう。
②相対的乳児薬物摂取量(RID):薬物をどれだけ乳児が摂取することになるかを表す指標
相対的乳児薬物摂取量を英語表記すると
Relative Infant Dose
となり、その頭文字をとってRIDと略されます。
このRIDも複雑で、下記の4種類が存在します。
- RID①:MMMに記載されているRID(算出の仕方は不明)
- RID②:MMMに記載されているM/P比からRIDを算出(薬剤のCmax、患者や児のデータから算出)
- RID③:酸性/塩基性とpKaからM/P比を計算して、その値からRIDを算出
- RID④:標準RID 標準的な投与量、母親の体重を50kg、哺乳量150mL/kg/dayとして算出
MMMは後述する「Medications and Mothers’ Milk」の書籍のことです。

今回画像で紹介しているのは④の標準RIDです。
RIDは10%以下であれば安全とされています。(Medications and Mothers’ Milkより)
ここまでで、大方どれくらい薬物が母乳に移行するかどうかは推測できます。
ただし、いくら推測されても実際に投与した時にどうなるのか、疫学研究の結果も実臨床では必要になります。
今までの物性データやM/P比やRIDの記載がある情報源、疫学研究の情報源を次に紹介します。
情報源
信頼できる情報源から情報を取得することが大切になります。
以下に引用されることの多い情報源を示します。
<Webサイト>
①Lact Med(クリックしてジャンプ)
米国国立図書館・国立衛生研究所が運営
TOXNETにある薬剤と授乳に関するデータベースで、現在最も網羅的で信頼性が高い情報源
②WHO Breastfeeding and maternal medication(クリックしてジャンプ)
WHOが運営
Essential Drugの授乳に関する分類を掲載 医薬品数は少ない
③妊娠と薬情報センター(クリックしてジャンプ)
国立成育医療研究センターが運営
「安全に使用できると思われる薬」と「授乳中の治療に適さないと判断される薬」の一覧表が入手できる。
④「妊娠・授乳と薬」対応基本手引き(改訂 2 版) 2012 年 12 月改訂(クリックしてジャンプ)
愛知県薬剤師会が後述のガイドブックを発刊する前にまとめていたものです。
基本的な妊娠と授乳に関する知識・考え方がまとめられています。
無料で勉強するにはもってこいの資料です😊
後半は物性や適応可能かどうかの詳細一覧が掲載されていますので有用な資料と考えています。
<書籍>
Webの文献はピンポイントで検索するには良いですが、勉強するにはやはり書籍の方が効率が良いです。
妊娠や授乳の薬物療法に関する書籍のうち代表的なものを列挙します。
①Drugs in pregnancy & Lactation (G.G.Briggs & R.K.Freeman 著)
妊娠期、授乳期に処方される薬剤の母体、胎児、乳児に与える影響などの解説がなされている書籍です。
②Medications and Mothers’ Milk (T.W. Hale & H.E. Rowe 著)
母乳育児推進を念頭に、科学的根拠に基づく最新情報を網羅的に提供❗️
M/P比、RIDなど一覧表で掲載❗️
Dr. Hale’s Lactation Risk Category をL1〜L5の5段階で提示
③薬物治療コンサルテーション 妊娠と授乳 第3版(伊藤真也、村島温子 著)
妊娠期、授乳期とも広範囲に網羅的な情報が掲載され、薬効分類一覧表に成育医療センターの判断が示されている。
④実践 妊娠と薬 第2版(林昌洋、佐藤孝道、北川浩明 著)
相談事例からその対応例までを網羅した内容
何より相談事例が多い
⑤妊娠・授乳と薬のガイドブック(愛知県薬剤師会 編集)
妊娠と授乳中の薬物療法の考え方、相談事例と対応例が書かれている。
相談頻度の高い薬剤が厳選されているが、網羅的ではないので、まれな事例の場合は他の文献が必要になることも💦
⑥妊婦・授乳婦の薬 改訂2版(松本充弘 著)
Webの文献や①〜⑤の文献をまとめた書籍
疫学情報や相談情報はほぼ書かれていないが、M/P比やRIDなどのデータをさっと確認できる。
物性データ、母乳移行指標、疫学情報を用いて授乳中にロキソニンを服用しても良いかを考えてみよう🤗
例えばロキソニン
添付文書上では授乳を避けることとなっていますが果たして授乳をやめても良いのでしょうか❓🤔
まずは物性データを見てみましょう。
ツイートに示した通りデータとして問題になりそうなのは分子量くらいです。
一般的にNSAIDsはタンパク結合率が高く血漿中から母乳へ移行することができません。必然的に母乳移行量は少なくなります。
M/P比は0.012であったとする報告があります。母乳に濃縮されにくい薬剤であると考えられます。
RIDの値は研究によって報告内容が異なりますが、一例では0.11%であったとするものもあります。
インタビューフォームでは母乳中のロキソプロフェンは検出限界以下であったとされています。
前項で紹介した『妊娠と授乳』から
わが国で最も多用されているロキソプロフェンナトリウム水和物はラットで授乳中に検出されたことから、添付文書では授乳中しとなっているが、ヒトでは授乳中に移行しないことが示されている。
伊藤真也・村島温子 著:薬物治療コンサルテーション 妊娠と授乳 第2版
この内容は
石川雅嗣ほか:後陣痛に対するロキソプロフェンナトリウムの有効性に関する検討. 産婦人科の世界, 42 : 657-664, 1990
から参照されています。
物性データ、母乳移行指標、疫学研究を踏まえて総合的に判断すると、ロキソプロフェンは授乳中に服用しても乳児には大きな影響はないと考えられるでしょう😊
あつパパの実際の指導例
理屈ばかりを語るのも退屈なので、実際に私が指導した例を紹介します。

授乳の必要性に関しては本記事で述べてきました。
今回の授乳婦は副鼻腔炎を患っています。副鼻腔炎を経験したことがある人はわかると思うのですが(私自身も経験がありますが)鼻の症状と顔や頭の痛みなどが激しくQOLが著しく低下してしまいます。
放っておくと髄膜炎を合併するケースも稀ですがあります。
きちんと治療すべきであると考えられます。
クラリスロマイシンのデータを見てみると以下のようになります。

- 化学的性質(基礎薬学パラメータ)からは、分子量を除いて、母乳に移行しやすい。
- クラリスは組織移行性の良い薬剤である
- 半減期はおおよそ4時間とそれほど長くないが、分布容積が大きく組織によく移行する。母乳中も例外ではないと推測される。
- 実際にはM/P:>1であり母乳に濃縮される。
- RID:2.1%と低いので母乳移行量は少ない。
- 疫学データからも実臨床で安全性が高いと評価されている
次にフェキソフェナジンのデータを見てみると以下のようになります。

- 化学的性質(基礎薬学パラメータ)からは、分子量を除いて、母乳に移行しやすい。
- 半減期はおおよそ9.6時間とやや長い
- M/P:0.21であり母乳に濃縮されない。
- RID:0.5~0.7%であり母乳移行量は極めて少ない。
- 各種文献からも実臨床で安全性が高いと評価されている
- フェキソフェナジンは生後6ヶ月以降の乳児にも投与できる(今回の乳児は生後15日ではあるが)
以上からは授乳と薬物療法の両立は可能と考えられます。

- 副鼻腔炎を抑えるために処方されている事
- 鼻水や咳などでADLが低下する事を防ぐ事
- 授乳自体は非常に大切である事(中断は避けたいところ)
- 母乳移行に関してクラリスはRID:2.1%, M/P:>1で安全と考えられる事
- 母乳移行に関してアレグラはRID:0.5~0.7%, M/P:0.21で安全と考えられる事
- 実臨床では各種文献からも安全性が担保されている事
- 薬剤師としての経験上、乳児に何かあったことは今までない事
- クラリスの影響で乳児に下痢が起こる可能性が否定しきれないので便の状態を注意深く観察すること
上記を説明した上で母親がどう考えるかを確認し、納得後に服薬してもらいました。
次回来局時に母親や乳児に下痢などの副作用、乳児に異変が起こらなかったこを確認できました。
こうして添付文書上で問題だと指摘がある薬剤であっても安全に服薬してもらうことができました😊
薬剤師として、薬剤の情報を集め、科学的根拠を持って指導することが非常に大切だと思います🤗薬剤の物性も含めて評価できるのはやはり薬剤師の専門性であり強みだと思っています❗️😊
そうは言っても授乳中を避けた方が良い薬剤もある❗️
できるだけ授乳と薬物療法は両立したいところですが、乳児への危険が高まる薬剤に関しては授乳を避ける必要があります。
このほかにも、
- ミコフェノール酸モフェチル
- コデイン
- クレマスチン
- フルニトラゼパム
- ゾニサミド
などは授乳と薬物療法を両立しないようが良さそうです。
- ニューキノロン系抗菌薬
- トピラマート
- クレマスチン
- フルニトラゼパム
などは判断が難しい薬剤であると考えられます。末尾にあるデータベースで確認してみてください😊
母乳移行した薬物による影響を回避するための方法
血中濃度が低くなれば必然的に母乳中濃度は低くなります。
したがって、
- 授乳してから薬剤を服用する
- 薬剤の血中濃度が低下した時間帯から授乳を再開する
と言った方法を取ることもできますね😊
おまけ・作成したデータベース
おまけ
書籍を調べなければなかなかM/P比やRIDなどのデータがわかりません。
物性データもいちいちインタビューフォームなどを調べるのは時間がかかります。
私が今まで調べたデータをまとめていますので、こちらに載せておきます。
日々の業務に役立てばと願います😊
こちらのツイートで紹介しましたが、以下にもリンクを貼ります。
Passはツイートで紹介しますのでそちらを参照してください。
<あつパパのデータベース>👇

画像をクリックでPDFが表示されます。(Passはツイートに載せます)
今回は授乳と薬物療法の考え方やエッセンスをまとめてみました。書籍に書かれているような内容はこんなもんではないので、今回の記事読んで気になった方はぜひ書籍で学んでみてください。
長々と読んでいただき、ありがとうございました☺️
関連記事をこちら👇に用意しました🤗気になる方は見てみてください🍀


- 妊娠・授乳と薬のガイドブック(愛知県薬剤師会 編集)
- 伊藤真也・村島温子 著:薬物治療コンサルテーション 妊娠と授乳 第2版
- Drugs in pregnancy & Lactation (G.G.Briggs & R.K.Freeman 著)
- Medications and Mothers’ Milk (T.W. Hale & H.E. Rowe 著)
- 妊婦・授乳婦の薬 改訂2版(松本充弘 著)
- 伊藤真也:小児および妊産婦の薬物療法の注意点, Jpn J Clin Pharmacol Ther 2013: 44(3): 281-285
- 石川雅嗣ほか:後陣痛に対するロキソプロフェンナトリウムの有効性に関する検討. 産婦人科の世界, 42 : 657-664, 1990
- 各種 医薬品添付文書
- 各種 医薬品インタビューフォーム